6.研究論文:国家財政危機と「新興国ブーム」の意味するものⅠ、Ⅱ

Ⅰ、21世紀初頭の世界経済の行方

一、「現在の経済危機はある種単純な循環的絡み合いが作り出した危機ではない。それは、長期的な構造的危機の部分であり、『生産様式』の危機だ」

第2次世界大戦後の世界経済の拡大は1974年~80年頃までに行き詰まり、利潤率が低下、資本は生産的投資から金融投機にむかった。89年のソ連の崩壊後、グローバリゼーションと新自由主義経済の下、世界経済の基軸である米国が世界中から借金を重ねて経済を牽引する特異な国際資金循環が形成された。しかし、それは当然にもいつまでも続けられるものではなかった。実際、サブプライムローンの破綻を契機に2008年リーマンショック・金融危機となってその破綻が始まった。リーマンショックでアメリカは金融資産の35%を失い、ユーロ圏では25%を失ったという。それはアメリカ基軸体制の崩壊であり、新自由主義経済の再建や景気循環によって回復できるようなものではない。

二、金融危機は、国家の危機救済策を媒介に、帝国主義諸国の国家財政危機へと転化しつつある。南ヨーロッパ―ギリシャ、ポルトガル・スペイン―における公的債務危機の爆発はその始まりにすぎない。国家財政の収支バランスは破綻し、帝国主義は第2次大戦後のケインズ政策のような財政政策をとる余力をもっていない。

三、米国は、イラク戦争とアフガン・パキスタン包括戦略で失敗し、アジア中枢での覇権を失いつつある。もはや、世界を単独で支配する力量を失った。それでも米国は、イランへの戦争準備など、戦争に出口を求めることをやめていない。

四、金融危機からの「出口戦略」としては、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)やVISTA(ヴェトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)などの「新興国ブーム」が唯一、現実的な様相を示している。この「新興国ブーム」と言われるものの歴史的な位置取りを考察する必要がある。

19世紀後半、マルクスは『資本論』でイギリスに典型的な資本主義の競争原理がやがて世界を覆うと考えた。しかし、20世紀に入って、現実は、帝国主義による金融独占が形成され、競争は独占にとってかわられた。帝国主義列強が植民地を支配した。そして、その矛盾は、20世紀前半、2度に渡って領土分割をめぐる世界戦争として爆発した。

ロシア革命―中国革命があり、第2次世界大戦後、植民地であった諸国は基本的に政治的独立を実現した。しかし、20世紀後半を通して旧植民地諸国の経済の従属状態は続き、帝国主義G7(たった7カ国)が世界GDPの約70%を独占し続けた。しかし、21世紀の入ってその比率は60%を割り込み、現在の経済成長率の推移からは近々50%を割り込む状況となった。

ソ連崩壊後の1990年代以降、米国一国支配の下でのグローバリゼーションと新自由主義は、逆に資本の競争と投機を呼び覚まし、帝国主義による生産の独占を自ら掘り崩しはじめた。2008年の金融危機からの脱出をかけた政策が、その分水嶺を越えさせた。このように「新興国ブーム」は金融危機からの唯一の「出口」のようでありながら、実はより決定的に帝国主義の独占支配終焉の水路になっていくのではないだろうか。同時にそれは、南米諸国連合のような反帝国主義的な動きを作り出すとともに、中国やインド、その他新興諸国の経済の不安定化と階級闘争の激化をもたらすものとなるだろう。

五、先進国の国家財政危機について戻ると、それは大資本への課税を強化し、その利益の再分配を強制しなければ、決して解決することはない。

ギリシアの労働者民衆がIMFとEUが強制する緊縮財政政策に反対しているのは正しい。なぜなら、IMFとEUの危機救済策は、資本家たち自身の制度を防衛するためのもので、決してギリシアの民衆を救うためになされるものではないのだから。

私たちは協同組合型の社会主義をめざすが、そこにむかって前進するためには、労働者民衆が大資本の権益を侵害する闘争力を持つことを必要としている。

2010年6月

Ⅱ、「地殻変動」する地球経済と日本国債破綻の現実性

一、「G7」時代から「Gゼロ」時代へ

21世紀は、「国際的リーダー不在のGゼロ時代だ」という声が上がっている。帝国主義の独占的世界支配が崩れつつあるのである。
1916年『帝国主義』を書いたレーニンは、6大強国の植民地拡大を取り上げ、「19世紀と20世紀との境目で列強による世界の分割が『完了』した」と述べた。そこで、イギリス・フランス・ドイツ・アメリカの「四本柱」が世界の金融資本(有価証券)の80%を保有していることを指摘した(金融資本と金融寡頭制)。
別表にあるように、20世紀は、ソ連の成立と崩壊、植民地諸国の政治的独立を経ながらも、帝国主義の独占と旧植民地地域の従属という経済関係は変らず、「列強」=G7(イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本・イタリア・カナダ)が世界のGDPの70%近くを独占する状態を続けていた(1990年で66%)。
だが、21世紀に入り事態は一変しつつある。2004年に対世界比60%となったG7のGDPは、その後の5年間で10ポイントを下げ、今や50%を割り込みつつある。帝国主義が世界生産を占有する時代に幕が下りつつある。食料品や鉱物・燃料資源の値上がりは、需要の拡大とともに、従来、南北格差(不等価交換)によってそれらの価格を相対的に低く抑えてきた構造そのものが揺らいでいることに原因があるのではないだろうか。
正に地球経済は「地殻変動」をはじめたのだ。年初来の北アフリカ・アラブの政変が急速に広大な地域へ及んだように、世界の諸関係は激しく変化していくであろう。

二、進行する国家財政危機

リーマンショック=金融危機はその救済政策を媒介に、先進各国の財政危機に転化した。ギリシアとスペインが財政破綻した時、メディアは、「ヨーロッパ型高福祉政策」を非難した。しかし、それに続く「新自由主義の申し子」=アイルランドの財政破綻は、この危機が資本主義体制の行き詰まりに深く根ざしていることを明らかにした。

三、日本国債の行くえ

国債発行残高が対GDP比180%に迫る日本は、約110%のギリシア、約50%のスペインをはるかな上回る。その日本が財政破綻していないのは、ギリシア・スペインが、経常収支が赤字で外国人が債権を保有しているのに対し、日本は、経常収支が黒字で国債を国内で消化しているからだ、と言われる。
しかし、その日本国債の国内消化もそろそろ限界に近づいている。今年、国債発行残高は890兆円を超えると言われ、2020年代前半には、それは民間の金融資産の合計額を超える。
国債は現在、国民の貯金を集中するゆうちょ銀行など民間銀行が約44%、生損保会社が約20%、公的年金および年金基金が約15%、総計約80%を買い取っている。しかし、早ければもう数年で、この国債の国内消化が難しくなると見られるのだ。
国債の消化が難しくなれば、資金集めのために国債の金利は跳ね上がり、債権としての国債の価格は暴落する(既に発行されている国債は金利が安く不利になるので債権の価値を減じる)。そうすると上記のように、民間銀行や公的年金も破綻の危機に見舞われる。これが日本財政破綻のシナリオである(2011年2月21日朝日新聞グローブ58号)。
国の資産と負債のバランスシート(貸借対照表)も既に300兆円の債務超過。40兆円程度の税収で、90兆円に近い支出を賄う国家財政をいつまでも続けることはきない。

四、大資本にツケを支払わせよ!

政府は財政破綻を口実に消費税値上げを準備し、他方で法人税を5%減税するとしている。「貧乏人から金持ちに輸血する」ようなものだ。
既に、法人税は1990年18.4兆円から2010年5.2兆円に激減、その間、消費税は4.6兆円から9.4兆円に増えているという。大衆課税で、大企業減税を埋め合わせているのである。
政府は、「法人税減税は日本の国際競争力のためだ」と言うが、アメリカはこれに直ちに反応、自国の法人税値下げの検討をはじめた。他国が法人税減税に転じれば、法人税減税によって国際競争力を上げる効果が帳消しになる。資本家の政府たちは、何の展望もなく、お互いに首を絞めあっているに過ぎない。
財政危機から脱出し、新しい社会の出口を開くには、持てる者にツケを支払わせ、大資本への課税を強化することが必要だ。財政は破綻していても、世界には人間が生活するに十分な富がある。新しい社会は可能だ!

対世界GDP構成比%
年度 1985 1991 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
主要先進国 (7) 62.2 66 61.9 59.5 57.4 55.0 52.6 53.5 51.2
OECD加盟国 (30) (新聞報道) 79.7 77.7 75.6 73.7 71.1
EU加盟国 (27) 31.4 30.3 29.8 30.6 30.1 28.4 26
ASEAN加盟国 (10) 1.9 2.0 2.2 2.3 2.5
中国 4.6 5.1 5.7 6.3 7.1 8.5 9.3
インド 1.7 1.8 1.9 2.1 2.1 2.3
(総務省) (ウィキ ペディア)

2011年3月

Ⅲ 世界経済構造の歴史的大変動 ― 1995年~2011年

1、帝国主義的独占の崩壊と新興国の急成長

 気がつけば、21世紀への突入を前後するこの20年弱の間で、世界経済はかつて経験したことのない変容を遂げている。

手元にある資料をみれば、1993年の統計で、G7(米・日・英・独・仏・伊・加)は人口にして世界の12.2%を占めているにすぎないが、GDPでは66%を独占していた。しかし、2008年のリーマンショックを経た今、G7の世界GDPの占有率は50%を割り込むことが確実になった。(『かけはし』2012.年1月30日号、フランソワ・サバドによれば、1980年代始めには56%あった世界のGDPに占めるG7諸国の比率は、2010年約40%にすぎない、とされる)

 2010年の世界GDPランキングを見ると、「G7」にBRICS諸国が割り込み、中国が日本を抜いて2位、ブラジルがイタリアを抜いて7位、インドがカナダと肩を並べて10位となっている。1997年当時の統計では、韓国・中国・ブラジルといった国々のGDPは日本のそれの10分の1程度、文字通り桁違いであった。それと比較すると、現在は隔世の感がある。新興国はここ十数年、まさに子供が大人になるように成長したのである。

 20世紀の初頭、レーニンは『帝国主義論』で6大強国(米・日・英・独・仏・ロ)による世界分割が完了したと指摘した。20世紀を通して100年近くその経済的独占が維持されてきたことを考えると、昨今の世界経済の変動がいかに急激なものであるかが解る。そして、それは1995年、G7の「逆プラザ合意」以降、アメリカの国際収支赤字が急速に拡大することがターニングポイントとなったのである。

2、先進国の生産力独占の上に成立していた戦後の世界体制

 第2次世界大戦後の世界経済は、先進帝国主義の生産力独占の上に成り立っていた。累積債務問題(従属問題)に典型的なように、先進国が後進諸国の発展の道を閉ざして富を独占してきた。先進国の豊かさは、後進国の貧しさの裏返しであったのだ。

 だが、今やその世界構造が大きく変容を開始している。そこから大きな矛盾が生み出されてくる。資本主義発祥の地・ヨーロッパの相次ぐ国家破産はその象徴とも言える。また、エネルギーも、食料も、環境も、20世紀の先進国の生産スタイル・消費スタイルを世界に普遍化するのであれば、やがて地球の限界と衝突するという問題もある。

 現在起きている変容は、誰にとっても未体験のものであり、新しい社会の創出が求められていくであろう。

3、資本主義の破綻の拡大は、たたかいの可能性を開く

 2011年、日本経済は貿易赤字に転落した。財政赤字も深刻化し、様々なことがこれまで通りにはいかなくなった。

 年金問題を考えてみる。日本は高齢社会となり、2025年には約30%が高齢者となる(因みに、高齢化の問題は日本だけの問題ではなく、中国やタイにも及ぶ世界的な現象である)。すなわち、30%の人に年金が必要となる。年金は、賦課方式という、現役労働人口が高齢者の年金を支払う構造になっている。非正規化と高失業の現役労働者層が人口の30%の年金受給者を養うということが成立しないのは明白だ。働く意志と能力のあるものがまともな仕事につくことが必要だが、資本主義はその肝心の仕事を用意することができないのである。

 社会は新しい回答を求めている。失業の強制や資本の過当競争、金融資本の巨額の利益こそ、社会の無駄だ。資本主義の破綻は、協同社会実現への運動とたたかいの可能性をいたるところに作り出していくだろう。

 2012年2月