3.研究論文:周期的恐慌の必然性の原理論

この論文は、資本論の未完部分といわれる恐慌の周期的必然性の理論的解明を宇野恐慌論の難点を止揚することで実現しようとしたものです。
再生産表式を、「労働力を資本は直接生産できない、好況期に資本の有機的構成の高度化はすすまない」という宇野理論の視点から考察しました。
以下、引用はすべて要旨です。

1.恐慌とは何か?

『共産党宣言』1848年では、恐慌について以下のような要旨で述べている。

「ここ数十年来の商業と工業の歴史は近代的生産関係と所有関係に対する、近代的生産力の反逆の歴史に他ならない。商業恐慌が周期的におこって、全ブルジョア社会の存立を深刻に脅かしている。商業恐慌は既存の生産物と生産諸力の大部分を定期的に破壊している。これまでのあらゆる時代に不合理としか思えなかった疫病、すなわち過剰生産という疫病である。飢餓や全社会的な破壊戦争が起こり、工業と商業も破壊されてしまったかのようだ。なぜ、そうなるのか?あまりにも過剰な文明、過剰な生活手段、過剰な工業と商業が存在するからである。社会の手の中にある生産諸力は、もはやブルジョア的生産諸関係を発展させるのには役立たなくなった。ブルジョアジーはこれをどうやって克服するのか。一方では、大量の生産諸力をむりやり破壊することで、他方では、新しい市場を獲得し、古い市場をより搾取することでである。それでどうなるか。ブルジョアジーはもっと激烈な恐慌への道をひらき、恐慌を予防する手段をますますせばめる。」

『反デューリング論』(社会主義ー理論的なこと) 1878年では、恐慌について以下のような要旨で述べている。

「市場の膨張は生産の膨張と歩調をあわせることができない。その衝突は資本主義的生産様式を爆破しないかぎり解決できないから周期的なものとなる。実際、最初の全般的恐慌が勃発した1825年以降、全工業、商業世界は、ほぼ10年ごとに一度ばらばらと崩れている。交易はとまり、市場は満ち溢れ、生産物は山と積まれ売れ口がなく、現金は姿を隠し、信用は消滅し、工場は停止し、労働者大衆はあまりに多くの生活資料を生産したために生活資料にことかき、破産と強制競売が続く。・・・不況が幾年か続き、生産物と生産力が大量に浪費・破壊されると、生産と交換が次第に動きはじめる。足取りはだんだ早足になり、駆け足となり、産業・信用・投機上の疾駆となり、とどのつまり命懸けの飛躍の後にまたもや落ち込むのが恐慌の塀の中である。恐慌の場合、社会的生産と資本主義的取得の矛盾が暴力的に爆発する。」

ここで明らかなように、マルクス・エンゲルスの恐慌観は、一貫して、商品の市場に対する過剰生産、社会的生産力と資本主義的所有関係の矛盾としてとらえられていたと言えるであろう。マルクスの恐慌理論に深化があったとしても、宇野学派のいうように市場問題ー「実現論」を度外視した恐慌論に移行したとは言えないし、エンゲルスがマルクスの恐慌観と大きく乖離していたとも考えられない。

2.周期的恐慌の必然性

結論的にいって、恐慌は、資本の無政府的生産と、他方での労働者階級の賃金が生存必要最低限に制限されるという資本主義的諸関係を条件、基礎としながら、資本が労働力を直接には生産できないということを原因に周期的に発生すると考えられる。

マルクス資本論の再生産表式の有機的構成の不変な拡大再生産の一例をとってみよう(資本論2巻21章)。再生産表式は、資本の流通と再生産を示すものである。
1年目
Ⅰ4000c+1000v+1000m=6000
Ⅱ1500c+750v+750m=3000
2年目
Ⅰ4400c+1100v+1100m=6600
Ⅱ1600c+800v+800m=3200
Ⅰは生産手段の生産部門、Ⅱは生活手段の生産部門、cは不変資本、vは可変資本・労働力、mは剰余価値を表す。
1年目にⅠ部門の生産した6000が2年目のⅠとⅡの6000cになり、1年目にⅡ部門の生産した3000のうち労働者が1900vを消費する(余剰がない場合、残り1100は資本家の贅沢品に消費される)。

ここで、資本の有機的が構成が不変の場合、労働力のたえざる増加が資本の流通と拡大再生産の条件となっていることが明らかだ。したがって、もし、労働力が増加できなければ商品の過剰生産となる。なぜか。
なによりも、労働者の賃金は最低限に制限されているから、労働者の人口が増加しなければ、労働者の生活必需品の需要が停滞し、第二部門で生産された商品の過剰がうまれるからだ。そして、資本の有機的構成が不変なのだから、当然、生活必需品の需要の停滞は、まず、第二部門の生産手段の需要の停滞となり、それに伴って、第一部門の生産手段の需要も停滞するからである。
因みにこのような商品の過剰生産を資本家の贅沢品の需要の拡大で埋め合わせすることはできないであろう。なぜなら、より浪費的な資本家は競争に敗北するからである。

次にレーニン『いわゆる市場問題について』の資本の有機的構成の高度化する再生産表式を考察してみよう。有機的構成とはcとvの比率であり、一般に生産水準があがると、cはvに対して拡大する。
1年目
Ⅰ4000c+1000v+1000m=6000
Ⅱ1500c+750v+750m=3000
2年目
Ⅰ4450c+1050v+1050m=6550
Ⅱ1550c+760v+760m=3070

レーニンの表式でも有機的構成が高度化しているにもかかわらず、資本が流通し拡大再生産するためには、労働力が1750から1810へ増加することが必要となっていることがわかる。したがって、労働力が増加できないと、前掲のマルクスの表式の場合と同様に過剰生産となってしまうのである。

現実の生産でも経験が示すとおり、通常の資本の拡大再生産は労働力人口の増加を不可欠とするであろう。ところが、資本はこの労働力を他の商品とはちがって直接には生産できない。そこで、資本は有機的構成の高度化によって相対的過剰人口を形成するのであるが、この有機的構成の高度化は、好況期には固定資本の現物形態に規定されて抑制されると考えることができる。更新期限のきていない固定資本の廃棄は価値損失となり、高度化を抑制する要因になるからである。
固定資本が巨大化し、有機的構成の高度化と利潤率の低下がすすめばなおさら既存の固定資本の廃棄は困難になる。利潤率の傾向的低下が直接恐慌を導くものではないが、このように恐慌の重大な要因となる(資本論の第三巻の利潤率の傾向的低下と恐慌の関係のとらえ直し)。
かくして、資本の拡大再生産は、自ら生産できない労働力人口の増加に依存せざるをえない。

(しかし、宇野理論のように好況期には有機的構成が不変であるとするのはいき過ぎであろう。量的拡大自身が生産力を高めるー有機的構成を高度化することもありうるし、他の部門から参入する資本は固定資本の現物形態には規定されない。有機的構成が不変である事に核心があるのではなく、有機的構成の高度化による相対的ー流動的過剰人口の生産が資本の拡大再生産に追いつかず、労働人口の増加に依存せざるをえないということである。)

かくして、好況期の頂点で、相対的過剰人口を吸収しきった瞬間に激烈な恐慌がやってくるのである。過剰生産がはじまると商品の貨幣への転化が遅延し利潤率が低下する。しかし、個別の資本家は出口に殺到する人のように低下する利潤率を埋め合わせようと拡大再生産を続ける。信用が拡張され、商品の過剰は巨大なものとなり、利潤率は急落し、資本は支払い手段を求めて資金を借り入れようとするため利子率が急騰、恐慌が爆発する。恐慌による資本価値の破壊という暴力的調整をへてはじめて、資本は新たな相対的過剰人口を形成し、新たな生産力水準のもとに拡大再生産を再開できるのである。

相対的過剰人口について。有機的構成の高度化にともなって生まれる相対的過剰人口=流動的過剰人口は不断に形成されるのではなく、恐慌期に集中的に形成され、好況期には吸収されていくのである。
また、農村の資本主義的解体にともなって形成される相対的過剰人口=潜在的過剰人口は資本主義の外延的拡大と重なるといっていい。現実にはこの潜在的的過剰人口が大きな役割を果たしたと考えられる。資本は10年の周期で恐慌を繰り返しながら、資本主義圏自体を拡大していった。『共産党宣言』でブルジョアジーが恐慌を克服するために新しい市場を獲得するというのはそのとおりである。

注)再生産表式は、資本の流通過程を考察するツールとして用いた。マルクスやレーニンが例示した仮定の通りに再生産が行なわれなければならないわけではない。

3.日本の恐慌論争と資本論の恐慌論

周知のように日本の恐慌論争は、久留間鮫造、山田盛太郎、宇野弘蔵の三氏を軸に展開された。以下、三氏の提起とその問題点を簡単に述べる。
久留間氏は、「経済学批判要綱」の6分割プランの最終章、「世界市場と恐慌」ではじめて恐慌論が論じられるとする立場から資本論はその基礎部分であるから恐慌論は必要ないとした。ーーしかし、6分割プランは本当に資本論執筆の時点でも維持されていたのか?恐慌論の解明と直接つながらない地点でマルクスは資本論を書いたのか?
山田氏は、久留間理論を踏まえつつ、恐慌の三つの型を提起し、その中で社会的資本の再生産=流通過程の分析と恐慌論の連繋に主題をおき、再生産表式の意義を強調した。ーー山田氏の理論は解釈学に近く、資本論の未完部分=周期的恐慌の必然性を自ら論じたような部分はない。
宇野氏は、資本論における恐慌論の未完成を指摘し、資本が労働力を直接生産し得ないことを恐慌の最深の根拠とし、賃金騰貴を恐慌の原因とした独自の恐慌論を提起した。ーーしかし、賃金騰貴は恐慌の中心的現実ではない。また、賃金騰貴が利潤率と利子率の衝突ををまねき、恐慌を引き起こすというのも現実的ではないのではないか?さらに、、宇野恐慌論は、実現論=再生産・流通論を排除してしまっている。

以上の論点を踏まえて、マルクス自身の恐慌研究の方向性はどうであったのかを考えてみたい。1861ー63年、資本論の直前に書かれた『剰余価値学説史』からみてみよう。
マルクスは恐慌を「ブルジョア的経済のあらゆる矛盾の現実的総括および暴力的調整」と捉えたうえで「過剰生産は、資本が生産力に応じて現存する市場の限界や支払い能力ある欲望の限界を考慮することなく生産するということ、他方では労働者の欲望は資本主義的基礎にしたがって制限されたままでなければならないということを条件としている」と述べ、「恐慌の最も抽象的な形態は商品の変態そのものにある」としている。そして、「ここで述べたことは、恐慌の可能性、条件に過ぎず、現実の恐慌は資本主義的生産の現実の運動、競争と信用からのみ説明できる」としている(17章リガード蓄積論批判)。
マルクスは、恐慌の条件・可能性を資本の無政府的生産と労働者階級の消費の制限にもとめ、恐慌の必然性の解明にむかったといえる。
ところで『剰余価値学説史』は、資本の流通と再生産に関して資本論につながる重要な研究がある。マルクスは、この資本の流通・再生産の研究をとおして、1857年の『経済学批判要綱』の6分割プランを変更し、現資本論の構成としたと考えられる。資本論の構成は実際、6分割プランとは全然違うのであり、6分割プランが資本論の段階でも維持されていたとは考えにくい。

さて、1867年、資本論の第一巻が出版された。一巻は、商品の分析からはじめ、商品はブルジョア社会の細胞形態であり、恐慌の可能性を含んでいるとしている。そして、剰余価値搾取の現場をとらえ、資本の蓄積と相対的過剰人口の生産を含む資本の生産過程が解明されている。
他方、第二巻は「資本の流通過程」を展開し、特に第三編では「社会的総資本の再生産と流通」を扱った。
一巻では個別資本が独立に扱われ、商品は価値どおりに必ず販売を実現すると想定され、資本の素材は不変資本と可変資本の区別のみで価値補填の考察だけをおこなった。
しかし、二巻では総資本の流通と再生産が問題にされ、資本の価値補填とともに素材補填が考察され、固定資本と流動資本、生産手段と消費手段の区別が問題にされた。
ところで唯物史観では、第一に生産方法を、第二に分配・交換形態をあらゆる社会制度の基礎と考える(反デューリング論)。したがって、生産方法の一巻と、交換形態の二巻は、対をなして資本論の骨格を形成するといえる。(そして利潤・利子・地代の第三巻が包括的に全体を完成する)。

二巻はエンゲルスもいうように最も未完成・未整理の部分なのだが、一巻に匹敵する重要部分といえる。
二巻の再生産表式は、もっとも遅く、一巻完成から11年たった1878年ごろ書かれている、遺書のようなものだ。それ自身が恐慌の必然性を示しているわけではないが、いまだ恐慌論未完成という中でマルクスの研究がそれと無関係にあったとは考えられない。恐慌論の未完成こそ、マルクスが生きている間に資本論二巻、三巻を出版しなかった最大の理由ではないか。(第一巻出版時に第三巻までの草稿はほぼ書かれている)
二巻三編のテーマが恐慌論の解明にあったことは、二編16章注32にも明らかである。
「資本主義における矛盾。労働者は商品の買い手としては市場にとって重要であるが労働力の売り手としてはこれを最低限の価格に制限する。さらに別の矛盾。資本主義的生産がその全能力を伸長する時代は過剰生産の時期である。生産能力はそれによって多くの価値が生産されうるのみではなく、実現もされるようには充用されない。これは次編(三編)で論じられるべきことである。」
恐慌論の枢軸が再生産論にあることは明らかである。

資本論は一巻、二巻、三巻と順番に書かれたわけではない。三巻の利潤率の傾向的低下の法則が恐慌を解明する結論とはいえない。また、宇野学派が「資本の絶対的な過剰生産」を展開したとする三巻15章3節は、「極端な前提」として「研究途上にあらわれた副次的な余論」といった性格のものであり、新しい恐慌論が展開されているとはいえない。

4.古典派以降の恐慌論争

シスモンディ、マルサス対リカード、セーという古典派の蓄積ー恐慌論争は、後の恐慌論争の基本となる論点を提示している。簡単にみてみたい。

シスモンディ・マルサスらは、過剰な生産に対して民衆の過少消費、民衆の貧困が恐慌の原因と考えた。問題は分配の不均等であるとした。かれらの指摘は資本主義の矛盾の一面を鋭く突くものだが、レーニンも批判するように資本主義の根本的矛盾から正しく提起されたものではなかった。シスモンディらの見解は、ロートベルトスやナロードニキにも引き継がれた。

リカードやセーは、古典派の正統派の立場からシスモンディやセーを批判した。リカードらは、「商品の供給と需要は、貨幣を媒介にした商品の等価交換であるから、供給と需要は同じ大きさになるのであり、全般的な過剰生産はありえない」とした。「売りも買いも生産と蓄積の大きさと同じである」とした。

マルクスは、シスモンディらとリカードらの論争に対して、両者を批判し止揚する立場にたった。マルクスが当時、恐慌理論を確立していたわけではないが、唯物論者としてリカードらの誤りは明白だったであろう。なぜなら、全般的な過剰生産としての恐慌が現に生起していたからだ。

マルクスは「リカード、セーらは、資本主義的流通を単純な物物交換に解消している」と批判している。まさに、しかりである。
資本主義的流通は単純な物物交換ではない。それは商品の等価交換をとうして資本主義的生産関係そのものを再生産しなければならない。資本は、商品資本ー貨幣資本ー生産資本と変態するが、生産資本は生産手段とともに労働力からなっている。ところがこの労働力は独特の商品であり、資本の直接の生産物ではない。労働力の価値は、確かに労働者が生存のために消費した消費手段の価値の大きさによってきまるのだが、逆に、資本の生産した消費手段の総額が労働力の価値の総額を決定するとはいえない。そこには具体的な人間としての労働者の存在がなければならない。したがって、利用可能な労働力がなければ、資本の再生産としての商品交換の連鎖は途切れ、過剰生産があらわれる。ここに恐慌が準備される。

ツガン・バラノフスキーは、資本は有機的構成を高度化して、生産手段の需要を拡大できるから、労働者の消費が制限されていても恐慌の必然性はないとした。しかし、資本は固定資本の現物形態に規定されて、有機的構成の高度化を自由にできるわけではない。恐慌という暴力的調整は不可避といえる。

因みに後の恐慌理論は、部門間不均衡論が主流になるが、宇野氏も指摘するようにそれならば価格の機能で調整できるのであり、恐慌の必然性を明らかにしたものとはいえない。

5.帝国主義段階の恐慌

帝国主義は、金融独占体をうみだし、固定資本も巨大化する。戦後の一時期を除いて旧生産手段の破壊は不徹底となり、慢性的過剰生産と慢性的過剰人口を生み出している。景気循環は崩れ、恐慌は、世界経済の動向のなかで慢性的過剰資本の一挙的露呈としてあらわれるであろう。

最後に

近年、労働者の側から資本に対して、賃金アップが需要を拡大し、景気回復につながるという論理を掲げることがあるが、有効であるだろうか?需要の拡大といっても二種類ある。資本家は、労働者の消費の制限を制限をそのままにして、既存の資本価値を破壊しても生産手段の需要を拡大し、生産力水準のアップを求めるのではないか。

2002年9月